『愛しのアイリーン』42歳非モテ男と、18歳フィリピーナの壮絶すぎる国際結婚物語

42歳非モテ男と、18歳フィリピーナの壮絶すぎる国際結婚物語『愛しのアイリーン』

 国際結婚というと、皆さんがすぐに思い浮かべるのは千昌夫とジェーン・シェパード夫人、梅宮辰夫とクラウディア夫人、川崎麻世とカイヤ夫人、後藤久美子とジャン・アレジ等の華々しい結婚ではないでしょうか。えっ、どれも古いって?

今回ご紹介する『愛しのアイリーン』は、1995~96年まで「ビッグコミックスピリッツ」(小学館)に連載されていた新井英樹先生による作品で、国際結婚がテーマです。しかし、国際結婚といっても、いま挙げたような華やかな事例とはちょっと違い、フィリピン人女性との国際結婚がテーマとなっています。

80~90年代まで、日本人男性がフィリピンに行って嫁探しをし、フィリピン人女性は出稼ぎ感覚で日本に嫁ぐ……そういったスタイルの国際結婚が社会現象になっていました。「ジャパゆきさん」という言葉がはやったり、フィリピン人女優のルビー・モレノが活躍したりしました。『愛しのアイリーン』は、そんな社会情勢に強く影響を受けています。

それはともかく、『愛しのアイリーン』ってタイトル、なんともラブリーでかわいらしいですよね。タイトルだけだと、きっとキュートな女性が登場するあまーいラブコメじゃないか、なんて思う人もいるかもしれません。ところがどっこい、内容は全然かわいくありません。出てくるのは、オナニーとセックスとバイオレンス。主人公は有り余る性欲が抑えられず、「おまんごー!」「メイグラーブ!」と、方言全開で雄叫びを上げたりします。軽い気持ちで読むと、トラウマになる作品ですね。


42歳ヤリたい盛りの岩男

舞台は、過疎化が進行したとある山村。主人公、宍戸岩男は熊のようなガタイをした大男で、パチンコ店勤務のモテない42歳のオッサンです。同居する家族は年老いた母親・ツルと、認知症が進行している父親・源造……なんとも切なさがこみ上げてくる設定ですね。

1話目から、岩男の非モテエピソードが全開です。仕事から帰ってきて、夜中に親の目を盗んでAVやエロ本を見ながら自慰にふける主人公。その様子を、障子の穴から心配そうにのぞく母。なんともやるせないシーンです。なにより、この42歳独身男にプライバシーが皆無なのがやるせない。母よ、そこはのぞかないでやってくれよ……。


母ちゃん・・・

そんな母は、結婚するアテもない息子を不憫に思い、お見合いをセッティングしようとするのですが、岩男は母ちゃんが苦労してセッティングした縁談を頑なに拒みます。

実は、岩男は職場にいる愛子という同僚に惚れていました。バツイチ子持ちの薄幸そうな清楚系美女ですが、岩男に対し、ちょくちょく気があるようなそぶりを見せるため、免疫のない純情中年童貞は、すっかりその気になってしまっていたのです。


バツイチの小悪魔・愛子さん

ところが、その愛子が清楚な見た目とは裏腹に超お盛んで、パチンコ店の複数の男性従業員とエッチ済みだったのでした。その事実を知って愕然とする岩男は、怒りのあまり愛子の自宅に押しかけるも「ほ…本気だと困るんだわ」と、ガッツリ振られます。その夜、怒りのあまり車で壮絶に事故り、血だるまの状態で雪山に駆け上り、『北斗の拳』のケンシロウよろしく上半身の服をビリビリに引き裂きながら「お…おま…おまんごー」と絶叫。あまりに壮絶すぎるシーンに、読者の大半はドン引き必至。それにしても、非モテをこじらせるとケンシロウ化するんですね。知らなかった……。


ケンシロウもびっくり

さて、ここまでのシーンで6話経過しているのですが、一切タイトルの「アイリーン」がなんなのか触れられていません。まるでスピッツの「ロビンソン」並みに謎の存在でしたが、ここから急展開します。

愛子に振られて失意の岩男は、あっせん業者になけなしの貯金280万円を支払って、フィリピンへ嫁探しに。そして、30人の嫁候補と面談の末、面倒くさくなって決めたのが、18歳の生娘、アイリーンでした。ただヤリたいだけの夫と、カネ目当ての妻。打算だらけの国際結婚が成立します。


国際結婚成立

しかし、せっかく嫁を連れて帰国した岩男、バラ色のハネムーンどころか、そこからが地獄の始まりでした。岩男が黙ってフィリピンに嫁探しに行っている間に父が亡くなっていたのです。事もあろうに、葬儀中にフィリピン人妻を突然連れて帰ってきたため、母・ツルが激怒。その姿は、まさに鬼婆そのものでした。その後のシーンでは、ツルはアイリーンに猟銃を突きつけ、単なる脅しかと思いきや、本当に発砲。間一髪で逃れたものの、本気でアイリーンを殺しにかかるシーンが何度かあります。こんな恐ろしい婆さん、マンガでもなかなかいないレベルです。


母ちゃんもだいぶヤバい

家の敷居をまたげなくなってしまった岩男は、アイリーンとともにラブホテルを転々とする生活を余儀なくされますが、しょせんカネで買った関係。アイリーンが岩男に心を許さず、セックスを拒み続けるため、いまだに初夜を迎えられません。280万円払っても望みがかなわない岩男は、ラブホのベッドを引き裂き、逃げ回るアイリーンに対し「おまんごー」「メイグラーブ!!」「ファッグ ミ ファッグ ミ」と怒りの絶叫。最後は、ホテルの部屋中の器物を破壊しまくります。非モテが極まって、公害レベルの迷惑な存在へと進化!


洋物ポルノみたいなセリフ

ここまででも十分に常軌を逸している展開なのですが、その後もすごいです。どうしても岩男とアイリーンの結婚を受け入れられないツルは、アイリーンと和解するフリをして家に呼び寄せ、女衒のヤクザ者に売り飛ばします。しかし、ヤクザに車で連れ去られるアイリーンを岩男がカーチェイスの末、決死の救出。勢い余って、ヤクザ者を猟銃で撃ち殺してしまいます。

岩男とアイリーンは、その遺体を人里離れた山中に埋めます。皮肉なことに、結婚後初めての共同作業がケーキカットではなく、死体埋葬でした。そしてその夜、2人は初めて結ばれるのです。

その後、2人は仲睦まじく幸せに……ということは全然なく、人を殺した罪悪感と、殺したヤクザの仲間からの執拗な嫌がらせにより精神崩壊状態の岩男は、同僚の愛子を襲ったり、アイリーンの友人のフィリピーナを買ったりと、女がいれば手当たり次第にセックス三昧で現実逃避に走ります。人を殺した後が一番モテモテ、なんという皮肉でしょうか。

その後はなんと、岩男が途中で死亡。残されたアイリーンとツルが壮絶な嫁姑バトルを展開しますが、最後の最後までドン底すぎる展開が続きます。

実は本作品、農村の少子高齢化や嫁不足問題、後継者問題、そして国際結婚といった複雑な社会問題をテーマとして扱っている作品でもあるのですが、終始狂気に満ちあふれた、気が抜けないストーリーとすさまじい画で、そういった部分をまったく感じさせません。バブルアフターで浮かれ気分の残る世間の風潮に強烈な冷水を浴びせるものすごいマンガ、それが『愛しのアイリーン』だったのです。

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引用)
『愛しのアイリーン』
新井英樹 / 太田出版 / 小学館

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