『くおん…』「そんな偶然あるわけねーだろ!」と突っ込まずにはいられない、伝説の超ご都合主義ラブコメ

「そんな偶然あるわけねーだろ!」突っ込まずにはいられない、伝説の超ご都合主義ラブコメ『くおん…』(2015/1/4日刊サイゾー掲載)

「週刊少年ジャンプ」(集英社)の黄金期といえば諸説ありますが、一般的には1984年に発行部数が400万部を突破してから94年ごろまでといわれています。当時のヒット作の多くは、いわゆるジャンプ三原則といわれる「友情・努力・勝利」の方程式に則ったものが多く、このルールに反する作品は比較的短命になる傾向にありました。

このルールを適用しづらいラブコメは、ジャンプにおいて最も生き残ることが難しいカテゴリーだったのです。『きまぐれオレンジ☆ロード』は、ジャンプのラブコメの中では大ヒット作といえますが、主人公が超能力を使える+ちょっとエッチ、という、ある意味“ジャンプらしいギミック”が際立つラブコメ作品であったこともまた事実です。

そして時は86年。『北斗の拳』『ドラゴンボール』『キャプテン翼』『キン肉マン』『魁!!男塾』『聖闘士星矢』『シティーハンター』といったジャンプの黄金期を彩るモンスター作品が連載陣に並び、定価もまだわずか170円だった頃に、ジャンプ読者のごく一部だけに熱狂的なファンを生むことになる伝説的なラブコメが連載開始されるのです。その名は『くおん…』という作品。『タッチ』『みゆき』のあだち充先生のマンガを思わせるような男子と女子による正統派の三角関係ラブコメで、そこには超能力もバトルもエッチもありません。ジャンプ連載作品の中では、異色の雰囲気を放っておりました。

この『くおん…』ですが、実は11話で終了しており、本来であれば読者の記憶に残らない打ち切りマンガとして扱われるところなのですが、そのあんまりすぎる設定が一部のジャンプ読者にとてつもないインパクトを与えたのです。

<この街には14歳になる二人の“まこと”がいます。ひとりは男の子で久遠真(くおんまこと)、もうひとりは女の子で香瀬麻琴(こうせまこと)。そして奇しくもこの二人はお隣同士で幼なじみ。>

ストーリーはこのように始まります。ここまでなら単なる偶然、それほど不自然ではない設定です。あだち充先生のマンガにだって、バンバン出てきそうです。

しかし偶然にも、久遠真は幼いころに母親を亡くしており、父に育てられていました。また香瀬麻琴は幼いころに父親を亡くしているため、母親に育てられていたのです。つまりどちらも親子2人暮らしの生活をしていました。この辺から、確率的には天文学的なことになってきます。

 


隣の未亡人に前フリ無しのプロポーズ

そして死んだお父さんが忘れられない麻琴の悲しいエピソードなどを経て、突然真の父親が麻琴の母親にプロポーズ! 麻琴の母親もそれを受け入れて結婚してしまったため、2人の「久遠まこと」が一つ屋根の下に誕生したのです。こ、これはなんという偶然!

 


天文学的確率

それまでに2人の親同士が付き合っていたような描写は一切なかったので、読者もそれはもうビックリ仰天です。まるで視聴率ひと桁台の月9ドラマのようなダイナミックなショートカットぶり。そして、一気にラブコメが走り出すのです。

麻琴は、普段は真を叩いたり殴ったりしてツンデレぶりを発揮していますが、実際は真のことが好きだったのです。一方、真は学園のマドンナ理乃ちゃんに首ったけで、麻琴の気持ちにはまったく気がつきません。そんな悶々とした状況の中で一つ屋根の下の兄妹になってしまい、好きとは言えない関係に……。どうですか、実によくできたラブコメになってきたと思いませんか?

 


切ない王道ラブコメ

天文学的な確率の偶然は、まだ続きます。久遠家の隣に、ある一家が引っ越してきます。その家のイケメン少年の名は紅御悠矢(くおんゆうや)。これが意味することが分かりますでしょうか? つまり、ほぼ同一エリア内が「くおん」姓だらけになったのです。どこの村社会ですか、ここは。

 


くおんだらけの漫画に

この悠矢は真と麻琴が通う学校の同級生となります。イケメンであり、なおかつサッカーも天才的にうまく、女子にモテモテの悠矢は、学園のマドンナ理乃ちゃんを口説こうと接近。つまり、真の恋敵としてレギュラー登場するようになるのです。いやぁ、実にラブがコメッてます……。

この三角関係は理乃ちゃんと真の両想いにより決着するのですが、敗れたイケメン悠矢は、今度は麻琴にちょっかいを出し始め、“自分の妹に、何ちょっかい出してんだ”と心配する真が、次第に麻琴の気持ちに気づいていくという……抜け出せない泥沼のような展開となっていきます。春風のように爽やかな絵柄で、昼ドラのような複雑な人間関係、度重なる天文学的な偶然、加えてほんのちょっとの思い出補正……これらの要素が奇跡的な融合を果たし、知る人ぞ知る伝説のラブコメへと昇華した作品、それが『くおん…』なのです。

ちなみに『くおん…』は、川島博幸先生の名義で出している初期の単行本全2巻と、鷹城冴貴と改名した後の愛蔵版の2種類が存在しますが、川島先生名義の単行本1巻の表紙に描かれている女の子(たぶん麻琴)がボブ・マーリーを凌駕する勢いの毛髪量でものすごいインパクトがあります。これだけでも一見の価値ありですよ。

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引用)
『くおん…』
川島博幸 / 集英社

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