「かっこいいスキヤキ」 孤独のグルメの源流・・・面倒くさい男たちの哀愁を描く短編集 (「このマンガ 恐るべし…!!」より転載)
「やっぱり男はキンピラゴボウよ!!」
弁当が単なるお手軽な食事メニューの一形態にすぎないと考えているのであれば、貴方は大きな過ちを犯しています。弁当を食べるという行為は常に己との真剣勝負なのであります。弁当箱に収められた持ち駒(おかず)を最大限に利用しながら、いかに無駄なく緻密な組み立てでご飯を食べ進み、ドラマティックにメインディッシュへと向かうことができるか、その構成・演出は全て自分自身のプロデュース能力にかかっているのです。
「かっこいいスキヤキ」という作品があります。原作:久住昌之先生、作画:泉晴紀先生のコンビによる「泉昌之」名義の短編集で、かの「孤独のグルメ」のルーツになっている作品と言われています。
泉昌之漫画の主人公といえばこの男・本郷
その「かっこいいスキヤキ」の中におさめられている「夜行」という話は、アラン・ドロンのようなトレンチコートを着た男、本郷がそのハードボイルドな佇まいをもって夜行列車の中で幕の内弁当を食べるというだけのシンプルなストーリーです。ハードボイルドな男と幕の内弁当という組み合わせがなんともいえないシュールさを醸し出しているだけでなく、この男が400円の弁当ごときで異常に細かいモノローグを入れてきます。
これはいい弁当!俺には分かる
例えば弁当のおかずを食べる順番だけでも人生の一大事のような大変な悩み様です。しば漬け、たまご焼きから始まって、サバ、きんぴら、かまぼこ・・・とカツに向かってドラマティックに食べ進めていくべきなのか、それともサバとカツという2大メインのおかずを交互に食べる合間にたまご焼きや漬物などの脇役を挟み込んで行くべきなのか・・・
面倒臭さ全開
普通の人ならそんなのどうでもいいと考えがちですが、本郷という男はたとえ400円の幕の内弁当であろうと一切妥協しません。最も美しく、最もドラマチックな弁当の食べ方の最適解について独り思い悩み、考えに考えます。我々も少なからず食べる順番について無意識にあれこれ考えてしまう部分があるのは否めませんが、このレベルまで考える人は余程の達人か暇人に違いないでしょう。本郷のうっとおしいぐらいに細かいモノローグはまだまだ続きます。たとえば・・・
たしかにそうですな
メシとおかずの配分について真剣に語ったり
カツをメインに据えた弁当の一品中心体制について語ったり
これらを全て400円の幕の内弁当を食べるという一連の行為の中で行っているのです。もしかしたら弁当を食うという行為は突き詰めていくと非常にハードボイルドなのことなのかもしれない・・・そんな気持ちにさせられます。そんなストイックさ故に「孤独のグルメ」に勝るとも劣らないひとり飯的名言が次々に飛び出します。
女でもいいけどね
「やっぱり男はキンピラゴボウよ!!」
「めしとおかずの鬩ぎ合いだ!!」
「メシとカツの感動的ともいえる出逢いの下地をつくっておくのだ」
必死過ぎる・・・
男はキンピラゴボウとか、一体どういう根拠で言っているのかさっぱりわかりません。女はかぼちゃの煮っころがしでも食ってろってことでしょうか・・・ただなんとなくハードボイルドなこと言ってる雰囲気がありますね。まあハードボイルドだとかかっこいいとかいう以前に全部オッサンの独り言なんですけど。
カツに期待しすぎたゆえの絶望
そして幕の内弁当もついにクライマックスを迎えます。メインディッシュであるカツを食べる本郷。しかしなにか期待したものと食感が違う、・・・「これはニクじゃないタマネギだっ!」
ハードボイルド感台無し
最後の楽しみにとっておいたトンカツだと思っていたものが実は玉ねぎのフライだったという・・・その絶望感たるや想像するにあまりありますね。まさに全米が泣くレベル。いや、別に玉ねぎフライには罪はないんです。ただ最初にカツの中身を確認しておけばよかっただけです。人間の思い込みって恐ろしいですね。
さて、いきなり弁当の話ばかりでどこが「かっこいいスキヤキ」なんだ?と思う方もいるかもしれませんが、もちろんスキヤキがテーマのストーリーもあります。それは「最後の晩餐」という話です。
舞台は先ほどのトレンチコートの男、本郷の若かりし学生時代、サークルの合宿でメンバーとスキヤキを囲んでいるシーンです。スキヤキといえばメインはもちろん肉ですね。本郷と鍋を囲ったメンバー達でスキヤキの肉を巡る攻防が繰り広げられます。
美味そう!
スキヤキといえば主役は肉。肉に始まり肉に終わる。それは誰しも異論のないところかと思います。白菜もしらたきも豆腐もそれなりにいい仕事はするが所詮は脇役であり、我々が目指すゴールはあくまで肉一択です。一見野菜ばかり食べているヘルシー志向を気取った女子だって、実は虎視眈々と肉を狙っているに違いない(ムッツリ肉食女子)・・・スキヤキとはそういうカルマを背負った料理なのです。
しかしスキヤキの肉に対するスタンスは人それぞれです。周りの空気を読まず、友人から嫌われることも厭わずにひたすら肉を食べる者もいれば、全く肉に興味が無いかのように装い、カモフラージュをしつつ巧妙に肉を喰うという高度な戦術を展開する者もいます。一つの鍋を囲んだ人間による、肉をめぐるハイレベルな攻防がスキヤキの真骨頂であるといえるでしょう。
卓を囲む者は全て敵
本郷と同じ鍋を囲んだメンツすなわちライバル達は、埼玉県浦和出身の田中、鳥取県気高出身の林、東京都青山出身の長谷川の3人です。
自己陶酔がすぎる
スキヤキがスタートして各々最初に手を付けたのは林が肉、田中も肉、長谷川はしらたき、そして本郷はあえてのネギで様子見です。肉を横目に見つつネギを喰う、そんな自分のシブさに酔いしれる本郷なのでした。
やたら肉を食う林(鳥取県出身)
しかし世の中には人目を気にせず肉を食うニクい輩も存在します。それが鳥取県出身の林。そんな林に向かう本郷の憎悪がハンパではありませんでした。
「デリカシーってものがカケラもねえ」
「だからカッペはやだよカッペは」
「田舎でタクワン飯喰ってりゃいいんだウマみたいに!」
無茶苦茶な暴言
全部本郷の心の中の言葉ですが、なんという罵倒・・・そしてあるまじき鳥取差別!!
スキヤキで肉ばっかり食ってるとこの通り、他のメンツから出身地込みで罵倒されまくるかもしれませんので皆様くれぐれもお気をつけください。
そして埼玉県浦和市出身の田中も肉ばかり食べています。そんな田中を呪うような本郷の心の声をお聞きください。
センスのない田中(埼玉県出身)
「所詮埼玉も地方・・・」
「あいつのジーパンのダサいことったらねえぜ」
ジーパンのセンスにまで言及します。もはや肉は全然関係ありません。
スキヤキで肉ばっかり食ってるとこの通り、他のメンツからファッションセンスまで罵倒されまくっているかもしれませんので皆様くれぐれもお気をつけください。
スマートに食べる長谷川(東京都青山出身)
それに対して青山出身の長谷川には一目置く本郷。あくまで肉を中心としながら全て平等に食べ進むクールさ、女にもてる秘訣はこういうところにあるのだと分析します。
いちいちうるせえなあ
ところが、ある事実に気づいてしまいました。どうやら一見全ての食材を平等に食べ進めているかに思えた長谷川のスキヤキの喰い方は実はカモフラージュで、やはり肉を食べる比率が圧倒的に多い、みせかけのローテーションだったのです。
そんな食い方しても美味くないだろ・・・
残り少なくなる肉に焦る本郷。大量の肉をしらたきにくるんで食べたり、豆腐に切れ目を入れて肉を挟みこむようにして食べるなどのテクニックを駆使して対抗します。っていうかそこまでして肉を食べることをごまかす必要があるんでしょうか・・・。
ライバルから肉を隠せ!
しかし難敵はやはり肉ばかり食べる林です。ここで本郷は一計を案じます。なんと、鍋に肉を投入する際に、林の視線の死角に肉を隠すという作戦に出るのです。鍋に死角なんてあったのか、考えたこともありませんでした。
プライド高すぎだろ
そんなこんなで本当は肉が食いたいのにプライドが邪魔してなかなか食うことができない本郷のフラストレーションはピークに達します。遂にキレる本郷。本能ムキ出しで肉を食べ始めます。
豹変する本郷にドン引きする3人。林が「そんなに肉ばかり一人で喰うなよ」とたしなめると・・・
肉のせいで険悪に
「このブタ!よくそんな事言えるな!!」
本郷、遂に思っていたことを口に出してしまいました。そしてスキヤキを囲む4人の雰囲気は最悪に・・・もはや人間関係崩壊か。そんな時・・・まさかの展開が!
先に言えよ!
大量の追加肉を持ってくる旅館のおばちゃん達。そう、スキヤキの肉は食べ放題だったのです。
しかしどんなにスキヤキが熱々でも、冷えきった人間関係はもはや元に戻りません。そう、スキヤキ肉の魔力は時に人生をも狂わせるのです。スキヤキ・・・恐ろしい食べ物です。
「かっこいいスキヤキ」は、このようなささいなことに異常にこだわる男達の面白さが満載の短編集となっています。鍋で1ミリたりともアクが浮かぶのが許せずにアクを取り続ける人、焼肉の時にどんな肉よりも先に牛タンを焼きたがる人、唐揚げにレモンをかけると機嫌が悪くなる人、焼き鳥は塩こそ正義でタレは一切認めない人・・・そんなちょっと面倒くさい貴方達にこそ読んでいただきたい名作です。
※本文は「このマンガ 恐るべし…!!」より転載しています。
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出典)
「かっこいいスキヤキ」 泉昌之(久住昌之&泉晴紀)/扶桑社
『孤独のグルメ』の原点!? 泉昌之の名作『かっこいいスキヤキ』が竹内 力主演でドラマ化!
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