『野望の王国』 男だったら野望を持て!狂気と暴力が織り成す「殺しんぼ」

男だったら野望を持て!狂気と暴力が織り成す“殺しんぼ”『野望の王国』(日刊サイゾー2017/9/22掲載)

 突然ですが、皆さんの「野望」はなんでしょうか? 人は皆、誰しも心に野望を秘めているはず。社長になりたい、ユーチューバーになりたい、総選挙で推しメンを1位にしたい、ラーメン二郎を全店制覇したいなどなど……。

今回ご紹介する『野望の王国』は、そんな野望ニストに死ぬまでに一度は読んでほしい作品。東大法学部を首席で卒業するほどの頭脳を持つ男たちが、権力への野望に取り憑かれ、日本を支配するために暴力団・警察・政治・宗教など、ありとあらゆるものを利用して野望を達成しようとする究極のバイオレンス劇画。どこを切ってもすさまじい暴力表現と、狂気のキャラクターにあふれています。こんなに何もかもが狂ってるマンガは、ほかに見たことありません。

本作は1977年から82年まで「週刊漫画ゴラク」(日本文芸社)に連載されており、原作は雁屋哲先生、作画は由起賢二先生です。雁屋先生は『美味しんぼ』の原作者として有名ですが、本作は『美味しんぼ』のコンセプトとは対極にある、狂気と暴力がメインの「殺しんぼ」な作品であるといえます。

 


東大の頭脳でスポーツ万能の二人

主人公は橘征五郎と片岡仁という東大法学部の学生2人。東大で主席を争うほど頭脳明晰なだけでなく、弱小アメフト部を2人の活躍で日本一にしてしまうほどのスポーツ万能ぶり。将来は大学教授か官僚か、いずれにしてもエリート街道まっしぐらと思われていた2人が、研究室の教授に進路を聞かれると……

征五郎「我々は野望達成にすべてをかけると決めたのです」「ぼくたちが法学部政治学科で政治を学んだのは、人が人を支配する仕組み、権力をつかむための方法を学ぶためだったといっていいでしょう!」

片岡「この世は荒野だ! 唯一野望を実行に移す者のみがこの荒野を制することができるのだ!」

 


何を言っているのか意味がわからない

このように、意味不明なことをのたまいます。教授も同級生もお口アングリ、唖然です。

実は主役のひとり、征五郎は神奈川県下最大の暴力団「橘組」組長の五男坊。しかし、組長の妾腹の息子のため、本妻の息子たちに比べて冷遇されていました。そのため、相棒の片岡とともに橘組を乗っ取り、暴力で日本を支配するという大いなる野望を持っていたのでした。東大で一生懸命勉強してきた結論がこれですよ。東大は一体何を教えているんでしょうか。

そして、ついに征五郎と片岡の野望が動きだす時が来ました。橘組の親分、橘征蔵が死去し、世代交代が起こります。跡を継ぐ息子たちは征一郎から征五郎までの5人兄弟。そして、そのうち征二郎と征五郎だけが妾腹。兄弟それぞれの思惑が動きだします。

 


どうみても老けすぎ・・・

次期組長の第一候補で長男の征一郎が30歳、次男の征二郎が29歳、双子の征三郎と征四郎が28歳、末っ子の征五郎が21歳という設定なのですが、どいつもこいつも余裕で40代以上の面構え、実年齢+15歳ぐらいはいってそうなルックスなのです。

 

■恐るべき東大生、征五郎・片岡の手腕

征五郎と片岡の橘組乗っ取り計画は、組長の葬儀の日に決行されました。2人が秘密裏に雇った兵隊たちが、橘組本家に奇襲をかけます。葬儀の日とあって、大混乱の橘組。そのドサクサで征一郎を暗殺。あっという間に、組長と次期組長の葬儀になってしまいました。

さらに、告別式にも巨大なタンクローリーを突っ込ませ、業火の渦でパニックになる中、ヒットマンが征三郎を暗殺。この鮮やかな手口、東大生の頭脳が遺憾なく発揮されています(悪いほうに)。そんな感じで、東大生の野望のために、いとも簡単に人が死んでいくマンガなのです。

 


やってることがテロリスト

とにかく本作のテーマは「野望」そして「暴力」です。征五郎と片岡は、こんな名ゼリフを残しています。

「男は一旦、野望にとりつかれたら、もう燃えつきるまで猛進するしかありません」
「力とは、暴力それに金。他に何が必要だというんです?」

いや、ほかにもいろいろ必要だと思うんですけど……。

 

■最強のカリスマヤクザ征二郎

征一郎が殺された後、橘組の新組長となった征二郎、この男こそ、征五郎と片岡の野望にとって最大の障壁となる男です。知力は東大生の2人をも上回り、殺しをやれば冷酷非道。そして、組長としての圧倒的なカリスマ性を持つ――。これで29歳です。なんて嫌なアラサーでしょうか。

 


最強の男・橘征二郎

征二郎はそのカンのよさから、一連の兄弟殺しに征五郎と片岡が絡んでいるのではないかと早々に疑いを持ちますが、同じ妾腹の息子としてつらい境遇を歩んできた征五郎をかわいがっていたため、どうしても征五郎の裏切りに確信を持つことができません。

そんな中、本家の生き残りでアホの征四郎が征五郎たちにそそのかされ、兄を殺したのは征二郎だと思い込み、戦争を仕掛けます。怒った征二郎は、征四郎の屋敷を米軍のヘリを使って空爆。屋敷から逃げ出してきた征四郎を生け捕りにして、証拠を一切残さず始末してしまいます。恐るべき征二郎の力……。兄弟を倒すのに米軍まで使うヤクザって聞いたことないよ!

 

■マンガ史上最悪のバイオレンス警察署長・柿崎

そんな内輪モメに揺れる橘組をぶっ潰さんと、川崎中央署に赴任してきた新任警察署長、柿崎憲。征五郎や片岡の先輩にあたる東大法学部卒で、30歳にして署長に就任。超スピードで出世街道を歩むこの男こそ、マンガ史上最悪の危険思想を持つ警察署長です。というか、このマンガに出てくる東大出身者は基本的に危険人物しかいません。

「おれが警察庁に入ったのは日本の警察を動かす力を持つためだ! 日本は警察国家だ!警察こそは日本最大の暴力機構だ! おれはその警察を乗っ取るのだ!!」

「この世を支配するのは暴力だっ! 暴力が全てだっ! 日本の表世界の暴力機構が警察なら、裏世界のそれは暴力団だっ! 表裏二つの暴力機構を握れば巨大な権力をつかむことが出来るっ!」

「川崎中央署の全ての力を2人の思う通りに使うがいい。人殺しでもなんでも無制限だ!」

 


思想がヤバすぎる警察署長・柿崎

どうですか、柿崎のこの名ゼリフの数々。警察は日本最大の暴力機構って……。こいつにかかると警察が悪党、ヤクザが正義の味方に見えてしまうから困ります。

この柿崎の登場により、征二郎率いる正統派ヤクザの橘組、橘組を乗っ取ろうと画策する征五郎・片岡の若獅子会、どちらもまとめてぶっ潰そうとする柿崎警察署長の三すくみによるすさまじい裏切り合い、潰し合いがラストまで続きます。

 


川崎が戦場に・・・

舞台となる川崎は、こいつらの闘いのせいで製鉄場爆破、石油コンビナート爆破、造船所爆破、競馬場での暴動などが引き起こされた挙げ句、川崎中が火の海になります。なんて川崎市民に迷惑なマンガなんだ……。

 


ヤクザVS新興宗教

ほかにも関西最大の暴力団や、自衛隊を自由に使えるほどの強大な力を持つ政界のフィクサー、信者を次々と殺人鬼に洗脳する信仰宗教の教祖様などなど、とりあえず関わったら絶対ヤバいジャンルのヤツらが一通り絡んできて、狂った暴力世界を奏でている作品です。

 


ノンストップ野望ワールド

長編作品ながら、一度読みだすと続きが気になって途中でやめられない、そんなかっぱえびせんやプリングルズのような中毒性を持った劇画です。画も内容もあまりに濃すぎるので敬遠する人も多そうですが、だまされたと思って読んでみてください。絶対にハマります。そして知らず知らずのうちに、あなたの心にも野望の火がともるに違いありません。
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引用)
『野望の王国』
雁屋哲/由起賢ニ/日本文芸社


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